年末特別企画、赤道儀とモーターのお話。前回は、安くてコンパクトな「マイクロステップ駆動」が自動導入を身近にし、赤道儀のバックラッシュを減らしたという話をしました。
第2回目は、これまた最近よく聞く「ハーモニックドライブ赤道儀」について、その仕組みと特性を説明していきたいと思います。
まず、そもそも「ハーモニックドライブ」とは何ぞや。ということですが、簡単に言ってしまえば、「減速ギア」です。非常に特殊な構造のギアですが、減速機であることに変わりありません。モーターと一体になったものを「ハーモニックドライブ」ということもありますが、けしてモーターのことではありません。減速機のことです。
ハーモニックドライブは、ハーモニックドライブシステムズ社の登録商標です。名称は違いますが、他の企業からも同様の構造の減速機が出ているので、けして独占事業ではありません。ただ、特許料の関係でしょうか?非常に高価です。
その特徴は
1 大きな減速比が得られる
2 バックラッシュやあそびが非常に小さい
3 大きなトルク容量がある
4 構造が簡単で小型、軽量
これを赤道儀に使った場合、上記メリットがそのまま赤道儀のメリットになります。
1 バックラッシュが小さい。->反応が早い(ガイド性能の向上)
2 大きなトルク -> ウエイトが要らないあるいは軽くできる
3 赤道儀が小型、軽量になる
ただ、ハーモニックドライブをどのように赤道儀に取り入れるかによって、特性や上記利点が異なってきます。私の知る限り、ハーモニックドライブを使った赤道儀は3種類くらいの方式があります。それぞれについて見ていきましょう。
1 従来拡張タイプ
この方式は、従来のウォーム式赤道儀において、バックラッシュの大きい減速機内蔵モーターを、ハーモニックドライブ内蔵のモーターに置き換えたものです。
実は私が以前使っていたスカイキャンサー赤道儀の赤緯部にこの方式を採用していました。効果は絶大で、普通のギア内蔵モーターに比べて反応が早くなりました。
ただ、既にある赤道儀の拡張としては良いと思うのですが、新たに設計する赤道儀としてはこの方法はあまりメリットがないように思えます。
というのは、前回お話ししたように、マイクロステップ駆動の普及により、ギア内蔵のモーターを使うこと自体が少なくなり、中間ギアにベルトドライブを採用することも増え、バックラッシュ自体が減っているのです。
従来のウォームにかかるコストを残したまま、さらに高価なハーモニックのコストが上乗せされるのは、あまりにもコストパフォーマンスが悪いです。
2 ダイレクトドライブ型
この方式は、従来のウォームの代わりに、ハーモニックドライブを採用し、さらにそれを中間ギアなしでモーターで直接駆動する方式です。ハーモニックドライブとモーターが一体になったものを使えば非常に赤道儀を小型軽量化することができます。
この方式を採用した赤道儀にはCRUX-Miniと、その構成をまねたSS-oneトラベラーがあります。CRUXシリーズの他の赤道儀では、赤緯部だけがこの構造と思われます。
「ハーモニックドライブを使った赤道儀だからバックラッシュがゼロ」という理屈が通るのは、この方式だけです。
確かにバックラッシュがほとんどのないのは利点です。ただ、いくつか問題があります。
一番の問題は角分解能の粗さです。
仮にマイクロステップ駆動ではない場合で、角分解能を計算すると、ハーモニックの減速比を1/100とすると。
360度×60分×60秒 / 100 / 200ステップ = 64秒
ピリオディックモーションが10秒以下なら優秀とか、20秒以上ならどうとか言っているのに、64秒の最小回転単位は異常です。オートガイドなんて到底できません。それを可能にしているのがマイクロステップ駆動です。仮に1/128のマイクロステップを誤差なしで制御できたとしたら、角分解能は64/128=0.5秒になります。これくらいなら、まぁまぁ実用になるでしょう。
ただ、アナログ的な信号のマイクロステップを誤差なしで制御するのは非常に難しいです。このブログのSS-oneトラベラーの記事を読んでる方はもう知ってると思いますが、私も非常に苦労しました。
この方式の場合、マイクロステップ駆動の電気的安定性がすべてと言って過言ではありません。
もうひとつ欠点というか、ウエイトレスの効果があまりありません。いくら大きなトルク容量があるからといって、鏡筒の重さをこのハーモニックドライブだけのトルクで受け止めるのは無理があり、SS-oneトラベラーなんかでもウエイトレスでなんとかなるのは精々2~3kgす。CRUX-Miniもウエイトレスの運用は3kと言っています。
3 中間ギア挿入型
2のダイレクトドライブ方式の角分解能の粗さを克服するために、間に中間減速ギアを入れたものです。中間ギアとモーターが一体型の場合もあります。CRUXシリーズの赤経部がこの方式と思われます。
この方式の場合、角分解能の粗さは完全に解消され、トルクも分散されるので、ウエイトレスの範囲も広がります。
ただ、中間ギアでバックラッシュが発生するので、ハーモニックドライブ赤道儀のバックラッシュゼロの利点が弱まってしまいます。
さらに、この方式の場合、ウオームギアにはない新たな問題が発生します。ガタの問題です。
ギアには多少なりとも遊びがあり、それがバックラッシュやガタの原因になります。ただ、ウオームギアの場合は、バックラッシュは問題になりますが、ガタは問題になりません。なぜなら、次のような理由です。
ウオームギアを回すと、ウオームホイルが回転します。
しかし、ウオームホイルを回そうとしても、ウオームホイルもギアも回りません。
つまり、ウオームギア/ホイルの場合、回転力が逆方向に伝わりません。この性質のおかで中間ギアのガタは、ウオームホイルまで伝播しません。どんな安物の中間ギアを使おうが、ウオーム自身の精度が優れていれば、それで良いのです。
ところが、ハーモニックドライブの場合はこの性質がないため、中間ギアのガタが赤道儀の回転部にそっくり伝播します。これは赤道儀を設計する立場からすると深刻な問題です。
バックラッシュの問題もガタの問題もこの方式の場合、中間ギアの精度がすべてになります。一番いいのは、中間ギアにもハーモニックを使うことです。ただコストが気になります。
中間ギアの減速比を高くするのも保持トルクが強くなるのでガタ減少の効果があるかもしれませんが、逆にバックラッシュが大きくなったり、トータル減速比が大きくなるので、導入速度が出なくなります。いずれにせよ設計するとなると非常に悩ましい問題です。
ただ、赤径部だけなら、バックラッシュもガタも実用上はあまり問題にならないこともあります。赤径の場合は、バックラッシュなど不感時間があったとしても星の方が勝手に動いていくので、オートガイド上はあまり問題になりません。
しかし、それを言ってしまったら、ウオームでも同じことで、なぜわざわざ高価なハーモニックを使うのかという話になってきます。
それに対するさらに反論として、同じと言っても、ウオームよりはいいだろうし、ウエイトレスの利点もある。。。 じゃ、それだけでこの価格差は許容できるのか、最後は価値観の判断になってきてしまうと思います。
私もこの方式の赤道儀はまだ作ってないので、なんとも言えません。今度作るときは、この方式でやってみたいとは思ってます。
-----------まとめ-------------
このように一口に「ハーモニックドライブ赤道儀」と言っても、いろんな方式があり、単に「ハーモニック」という言葉がつくだけでどうこう論じられないところがあります。
私が思うに、ハーモニックドライブ赤道儀の最大の利点は、小型、軽量にあると思います。また赤道儀の設計の自由度が高く、いろいろなものを内蔵できる余裕もあります。ですから、まったく新しい概念の赤道儀が出てくる可能性も秘めていると思います。
その構造が簡単で生産しやすいことから、今後もハーモニックドライブを使った赤道儀が出てくることが予想されますが、単に「ハーモニック」という言葉だけに踊らされないで、しっかりその特性や価格に対する性能の納得度を見極めていく必要はあると思います。
おしまい。大掃除はじめます。
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